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魔法少女リリカルなのはA's 1~8話

10月から一部の民放(5局)で深夜に放送してる新番組。
物語は前作のラストから少しだけ時間が経ったとこから始まる。
事件は終わりみんな元いた場所へ帰って少し淋しい気分な日々。
でも先の戦いの中で絆を繋いだフェイトとはもうすぐ再会できる。
なんて考えつつ再び力を必要とする時のために一人特訓をするなのは。
そんな平穏な日々は突然の襲撃者によって破られる。
突然に有無を言わせず襲ってきたその者の前に絶体絶命のなのは。
危機一髪でフェイトが助けに入り辛うじてその場は切りぬけた。
しかしそれは「闇の書」に関わる戦いの始まりでしかなかった。

前のシリーズは確かフェイトが出てきたあたりまでしか見てなくて
魔法バトルモノみたい展開になったとこは知らなかったりする。
そこまでは日常の中でジュエルシードが発現して大騒ぎになるのを
魔法の力で収拾するという魔法少女モノっぽい展開だったから。
で、その日常の側の描写に激しく難が有ったのが前作なのでした。
まぁ、今作もそのへんはあまり変わりなく微妙なのですが(爆)。

でも今作は戦いを前面に出しててバトルシーンの比率が上がってます。
さらになのはやフェイトのバックアップで時空管理局が大きく絡むので
結果的に日常を描くシーンの比率が前作よりずいぶん小さくなってます。
元々このシリーズのバトルシーンは杖は喋るしとても見映えがするので、
微妙な日常部分が減った結果、前作よりもずいぶんマシな感じに(笑)。
それはつまり、まるで現実味のない作品になったって意味でもあるけど。
この(脚本も書いてる)原作者は現実描写があまり上手には見えないので
これぐらい思いきり割りきってしまうのも正しい選択かなと思ったよ。

日常といえば今回の相手役のはやて(少女)とその守護者たちの日常描写は
なのはやそのクラスメイトを描いてる部分より断然マシっすね。
この程度ならやればできるじゃん!とか失礼なことを思った(爆)。
「闇の書」のマスターだけど力を欲するとは思えないはやてなのに
なぜ守護者たちは「闇の書」のページを収拾しようとしてるのか?
そのへんの理由は6話(「それは小さな願いなの」-後編-)に出てきます。
シグナム達にも正義というか行為に託した切実な願いがあったわけで。
このへんは結構感動的なので6話までは見るのをオススメします。

あと監督が変わったことによる影響について。
ほとんど無いと言うかテイストは前作と全く同じです。
確かに新房さんらしい構図とか配色は無くなったけど
元々このシりーズは月詠とかに比べて新房カラーが薄かったので。
それに監督も含めて前作をやってた人たちがやってるわけで。
前作を好きだった人ならたぶん違和感は無いと思います。
(D.C.S.S.のコアスタッフも1期をやってた人なんだけどね……)

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