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夏のあらし! 1~6話

4月からテレビ東京系(6局)で日曜日の深夜に放送してる新番組。
AT-Xでも放送してるので地上波で見れない人はそちらで。
原作はスクエニ系(ガンガンJOKER)のマンガで1巻だけ読んだことあります。
※セルDVDのリリースは6/24から(レンタルは7/31から)
夏休みのあいだ祖父の家に泊まるためこの街へとやってきた少年がいた。
初めての場所で道に迷った少年は夏の暑さに耐えかねある店の扉をあけた。
「方舟」というその喫茶店はレトロな内装で上質な雰囲気を漂わせていた。
少年は値段の高そうな雰囲気に臆して何も注文せずに立ち去ろうとした。
しかし声をかけてきた古風で和装の少女の姿を見て思い止まるのだった。
少年は少女の姿に見惚れたのだ。グッと来たのだ。恋の予感だと思った。
少女が少年の手を握って走り出した時は、これから恋が始まると思った
しかし少年の前には思い描いていたのとは少し?違う現実が待っていた。
少女は自分は60年前の人で、今は幽霊で、少年に取り憑いたのだと言った。
少年は少女の話がわからなかった。目の当りにしても信じられなかった。
そうして少年の不思議な夏は始まった。
※2話からの本編の導入あらすじ

あれ?イントロってこんな内容だっけ?というのが最初の感想かな。
確か最初は一(はじめ)とあらしが出会うエピソードだったようなと。
アニメを見た後に原作を確認してみたらまさにその通りだったよ。
つまり原作コミックだとアニメの2話の内容から始まるのです。
ちなみに1話の内容は時間軸がずっと後で本筋にも絡んでないような。
こんな前後に絡まない番外編な内容は原作の構成では考えにくいので
もしかしたらアニメオリジナルなのかも(原作の1巻にはこの話はない)。
少女が時を超える設定は「時かけ」のオマージュみたいなもんだから
あえて「時かけ」(アニメ版)のパロディなエピソードを入れたのかも。
※パロディというほど内容は似てません
ついでに主要キャラと基本的な設定を紹介したということなのかなと。

とりあえず単体として1話を見ればこれはこれで面白いとは思います。
でもボーイミーツガールで(たぶん)ひと夏のファタジーなこの作品で、
最初にわりとコメディタッチの番外編をやる必要はあったのかなと。
ここはセオリー通り出会いの話から始めれば良かったんじゃないかな。
その方がコメディが同程度でも不思議な印象が強くなったはずだから。
つまり1話だけ見てもこの作品の本質はまるでわからないのです。
1話だけ見て作品を判断するとこの作品の本来の実力を見誤ります。
(そもそも1話だけでちゃんと判断できる作品なんて滅多にないけど)
もしも1回分だけしか見ないなら1話ではなく2話を見るべきです。

作品の本来の実力という意味では2話だけ見てもまだまだって感じ。
今回はいつもの読みきりではなくストーリーだからというのもある。
それも有るけど回を経る毎に表現スタイルが内容に馴染んでくるので。
ぶっちゃけ最初の方はそこそこ面白いけどまぁまぁって感じなのです。
もちろん映像表現はいつもの如く1話から手加減無しの全力投球ですが。
表現ではなく中身の印象が回が進むごとに尻上がりに良くなってくので。
5話のコメディも6話のシリアスも2話と比べて格段に印象が強いのです。
改めてもう一回1話から見返したけどその印象は変わらなかったのです。
決して見続けたことで作品の魅力が見えてきたわけではないはずです。
見続けたり再見することで初めて見えてくる魅力もありはしますが。
つまりこの作品の本当の実力はちょっと見ただけではわからないよと。
特に6話のラブストーリー描写では新房組の底力を見せつけてるから。

新房アニメというと他とは一線を画す表現手法が印象的です。
どれも一見して新房アニメとわかるほどに見た目に特徴があるのに
それぞれの作品はちゃんと表現スタイルが違うという芸の細かさです。
そんな新房アニメとしてこの作品のスタイルはどんな感じかというと。
古風な喫茶店の内装に合わせてレトロな雰囲気を漂わせてる感じかな。
なんちゃってレトロな絶望先生よりももっとストレートに懐かしい感じ。
作中の時間は昭和20年から60年経ってると言ってるからほぼ現代です。
でも茶色い木と赤や青の空気の色が目立って自然と生活が近い感じで。
60年前の光景が現代の中に溶けこんで時間がまるで繋がってるみたい。
原作でも多少は(あえて)洗練されてない雰囲気を描いてはいたけど、
アニメでは作品の内容を考えて徹底的にその方向で突き詰めたようで。

表現技法が(大沼心さんの)efとわりと似てるかなとも思ったよ。
それは大沼心さんの演出スタイルが色濃く出てるってことですな。
※今回は監督が新房さんで大沼心さんはシリーズディレクター
6話のシリアスな感情描写が絶妙なあたりがまさにefに通ずるわけで。
潤が恐怖に飲まれていくところの描写もef2期の表現を彷彿としたよ。
今作は物語があって感情描写が大事なので意図してそうしたのかなと。
画面の後処理を執拗なほどにやってるのも大沼心さんっぽいとこすね。

もうひとつ表現技法でとても印象に残ったのが背景の多層スライド。
まるでセル画時代に背景を何枚も重ねて表現したのを彷彿とします。
最近はダイナミックな構図を見せる場合に3Dを使うことが増えたので
こんな感じに平面的な絵を多重にスライドするのは珍しいようなと。
それも一般的で控えめな使い方ではなく極端に動かしてたりするし。
あえて3Dでは出せない平面的だけど奥行きを感じる画面を作った感じ。
デジタル制作ならレイヤーで簡単に実現できるのを利用したんだね。
今は昔よりも実現の手間が格段に楽なので動きも好きに試せるわけで。
結果として先祖帰りな表現ではなく古くて斬新な印象になってるのです。

話は変わってキャラの話。潤のこと。
最初(2話)に出てきたときは完璧に男の子に見えたのです。
公式サイトのキャラ紹介も(知らなきゃ)男の子にしか見えないしね。
でも時々あれ?女の子?と思えるシーンが挿入されてたりして。
(それか体は男で心は女の性同一性障害なのかなと)
時々変に引っ掛かる反応をするのも女の子だと思うと納得というか。

5話に至ってはそれっぽいヒントを次から次へと提示したりして。
ただ決定的な部分は見せてくれなかったので確信は出来なかったよ。
男なら胸を隠す必要はないけど、このスタッフならやるかもだし(笑)。
まぁ「女は計算高い」と言ってるあたりで十中八九女と思ったけどね。
こんなこと言うのは女か女に痛い目に会わされた人ぐらいだから。
潤は女なんだけど女が嫌いで、自分が女であることも嫌なのかなと。
出てきた情報の断片を繋ぎ合わせると女優かなんかをやってたとか!?
(OPに潤と一緒に出てる長髪の美少女がたぶん潤の女の姿でしょう)
そこから逃げたくなる何かが有ったのかな?男装してる理由もそのへん?

しかし着替え中の裸をバッチリ目撃して女と分からないのは凄いかも。
確かにパンツを穿いてて上がまっ平らなら分からないのかもしれない。
腰まわりのくびれが男女で違うけど幼児体型だと目立たないかもだし。
そもそも一は女の体を見慣れてないだろうからわからない可能性が。
見て分からなかったのは仕方ないし、知らなかったんだから仕方ない。
とは言え5話の一の潤に対する所業の数々は可哀想ですらありました。
メイド姿に「それで胸があったら本当に女だな」はさすがにヒドいよ。
だって胸が無いから女じゃないと言ってるようなもんだから……
ちなみにそのセリフの次の瞬間に潤のパンチが一に炸裂しました。

原作を確認してみたら1巻では潤が女だと思える瞬間は全く無かったり。
1巻分に対応するアニメ2~4話には何度か女だと思える瞬間があるのに。
該当箇所を見比べた限りは意図的にそう見えるように改変してあるね。
つまり知った後に改めて見返せば確かにと思えるようにしてあるのです。
そして原作はアニメと比較するとそのへんの配慮が多少弱いのでした。
雰囲気も徹底的に描写してるアニメと比べるとわりとあっさりだしね。
題材が興味深かったのに続きを読まなかった理由はたぶんそのへんすね。

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