まめに録画する根性はない。DVDを買い続ける金もない。 だからレンタルビデオで行こう!

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xxxHOLiC 8~13話

やっぱり座敷童は出てきました。
まぁ、オープニングにもいるし、原作通りならあと何度か出てくるし、
実は結構重要な役回りを持ってるし、事実上ヒロインみたいな感じだし。
どこまで放送するのかは不明だけど9巻分までだと仮定するなら
座敷童絡みのエピソードがクライマックスに来るんじゃなかろうか。

前回書かなかったこの作品の意味について。
この作品には侑子さんが願いを叶えるという構図がまずあります。
しかし願いを叶えること自体はこの作品の本質ではないのです。
実は本質はミセに訪れる人の「願い」とそれぞれの物語の行方だから。
ミセに辿りつくほどの願いにはそこに至るだけの強い想いが有り。
そして何らかの構図や意味をストーリーという形にして見せている。
ただ言葉で説明するのではなく、物語として意味を実感させている。
よーするにこの作品は不思議っぽいホラー風味の寓話なんです。

エピソード毎にゲストキャラが登場してその人の話が語られるのも
それこそがこの作品の基本的な構成だからなのです。
アヤカシを見る四月一日は主人公というよりむしろ見届け人のような。
もちろん四月一日自身が当事者になることも少なくはないけど。
ただの読み切りの羅列だと物語全体としての思い入れが弱くなるので
四月一日のエピソードを絡めて作品世界に入りやすくしてるわけです。
このへんはヒットメーカーCLAMPならではのノウハウって感じすね。

百目鬼は四月一日に対するいい意味での関連性を持っている。
特に四月一日自身のエピソードでは重要な役回りを演じてる。
ひまわりちゃんはハッキリした役割がまだ語られてない(原作でも)。
ただ悪い事態のキッカケになることは何度かやってりする。
(当人はまるで邪気がない性格だけど)
侑子さんはこの作品のガイドみたいなもの。解説してくれるし。
自分から手を下すことがないのも元々がそういう役回りだからです。

原作とアニメでエピソード順が違うのはすでに書いたけど
どーやら原作の全てのエピソードをアニメでもやるっぽいね。
そしてアニメはちゃんと季節の順にエピソードを並べてるみたい。
気づかなかったけど春→夏→秋→冬って構成になってるのかな!?
エピソードの順が変わってるのはそのへんの関係もあるのかもね。
原作とは季節が全く変わってるエピソードもあるけど(11話とか)。
エピソード順が違ったり、アレンジしてたり、四季構成だったり、
なんだかARIAと作品の作りかたがそっくりだね。
意図して真似たのではなく偶然に似た構造になったんだろうけど。
これも何らかのヒツゼンってやつか?

恒例の原作との対比シンプル版。
以降の内容は比較の性格上多少ネタバレしてるのでご注意。
※原作にはエピソード番号・タイトルが存在しません

8話「ケイヤク」原作3巻のエピソード。
原作では実習生の人と再会するシチュエーションが違います。
学校の庭で3人でお昼を食べてるシーンの内容は3話で使用済だから。
あと原作だと百目鬼が怪我をしてて四月一日がお弁当を用意してたり。
(3話のエピソードで怪我をしたわけです)

9話「ユビキリ」原作9巻までにはない話(オリジナル?)。
だだし管狐の登場シーンは13話のエピソードからの抜き出しです。
「キョゲン」のバリエーションみたいな内容。

10話「トモシビ」原作2巻のエピソード。
原作には侑子さんが出てくる前のシーンがあります(2話で使用済)。
それと3人が話した怖い話の内容が原作と全く違います。

11話「コクハク」原作4巻のエピソード。
これ原作ではバレンタインの(時期の)話
原作とは時期が全く違うのでいろいろ違ってたり。
例えば原作では作るのはおはぎではなくてフォンダンショコラだし、
座敷童も赤ずきんちゃんのような(!?)コートを着てたりする。
原作とはエピソード順が違うので雨童女も出てきません。

12話「ナツカゲ」オリジナル。
ただし隠された部屋の逸話は原作の百物語(10話)のひまわりちゃんの話から。
冒頭のシーンで劇場版を思い出しました(内容は似てません)。

13話「ヘンボウ」原作5巻のエピソード。
原作は最初に管狐の登場シーンかあります(9話で使用済)。
そして原作だと羽が生えてない段階が全く描かれてません。
美術のシーンでも原作では羽が生えてて展開が違ったりします。
最後も魂が食われたからずっとこのままとか言ってたり(原作では)。
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コヨーテラグタイムショー 1~4話

7月から一部の民放(5局)で深夜に放送してる新番組。
9月からNECOでも放送するので地上波で見れない人はそちらで。
※セルDVDのリリースは9/22から(レンタルは9/29から)
人が宇宙に広がった時代。コヨーテと呼ばれる盗賊が存在する世界。
海賊王ブルースの遺産が眠る星が紛争の果てに消滅の危機に瀕していた。
そのため盗賊から足を洗った(らしい)大物コヨーテ(通称)ミスターは
ブルースの忘れ形見(娘)のブランカと一緒に遺産を見届けに行こうとする。
しかしその星への旅路は決して平坦なものではなかった。
何らかの曰くがありブルースの仇でもあるギルドの手先が行く手を阻む。
さらにずっとミスターを追い続けた連邦捜査官アジェリカまで入り乱れ。
果たしてミスターとブランカは遺産に辿りつけるのか。みたいな感じ。

結構いい歳(40とか50とか)したオヤジが主人公です。
イマドキのアニメの主流から外れるにも程があろう(笑)。
でも渋いしカッコイイし、ワタクシ的には主流の作品よりも好みかも。
わりと緻密でリアルっぽい空間描写やキャラ描写で世界を作りながら
ここぞという瞬間には大胆な嘘で魅せるエンターテイメント性もいい!
ミスターとブランカがビルから落ちたとこを助けるシーンなんか、
実に嘘っぽいんだけど前後とのメリハリで凄くカタルシスが有るし。
正攻法なアプローチで作ってあるアクション娯楽作品って感じだね。

作品のタイプとしてはカウボーイビバップです。
つーかそのまんまです。オマージュと言っていいぐらい。
カウボーイは賞金稼ぎでコヨーテは盗賊を意味してるし、
ビバップもラグタイムもジャズの一つのスタイルだし。
タイトルの構文すらそっくりなんだから偶然ではなかろう。
ちゃんと様になってるから仮にオマージュだとしても文句はないけど。
ちなみにこの作品は読みきりじゃなくて(1クールの)続きものです。

もう一つ触れておかねばならないポイントが。
それはゴスロリ12姉妹。なんじゃそりゃあ!って感じですが(笑)。
ギルドのマダムマルチアーノの懐刀である機械仕掛けの殺し屋たち。
見た目はカワイイ美少女なんだけど恐ろしい戦闘力を誇り(機械だし)、
顔色を変えずに人を血祭りに上げるまさに血も涙もない存在(機械だし)。
初登場で飛行機から手を繋いで輪になって降りてくるシーンが有るけど
フタコイオルタナティブを見てた人はツッコミを入れたね。間違いない!
※この作品を作ってるのはフタコイオルタナティブのスタッフ
そもそも12人の姉妹のあたりでツッコミが入りそうだけどな。

作品の方向性は時流とはかなり違う方向に突っ走ってるのに
いつのまにか一周して時代のど真ん中に来てしまったような。
そんな不思議な気分になるゴスロリ12姉妹の設定っすね。
他にもオマージュとかパロディがさり気なく入ってたりするけど。
1話のサンドワームの暴走なんかまんま王蟲だし。

無敵看板娘 1~4話

7月から一部の民放(4局)で深夜に放送してる新番組。
原作は少年誌(チャンピオン)のマンガで1巻だけ読んだことあります。
※セル・レンタルDVDのリリースは10/25から
中華料理店「鬼丸飯店」の自称看板娘・鬼丸美輝を中心にして
商店街のお隣さんやライバルや幼馴染や近所の犬やらで繰り広げる
庶民的でほんの少し生活感もあるナンセンスなご近所ギャグ作品。

一昔前の燃えバトルマンガかと思うようなオープニング映像に、
あれ?この作品ってこんなマジな内容だったっけ?確か記憶では
もっとしょーもないギャグ作品だったような。とか思ったよ。
本編はやっぱり記憶通りのしょーもない作品だったけど(笑)。
原作を知らないでオープニングを見たら誤解しそうだな。

にしても何かみょーに野暮ったい表現スタイルです。
時代設定がずいぶん昔風味とはいえ表現まで古くする必要はなかろう?
と言うかオープニング映像のような燃えバトル作品ならともかく
ギャグ作品に野暮ったい表現スタイルが相応しいとはとても思えない。
そもそもギャグ作品にとって表現スタイルは生命線と言えるわけで。
もっと洗練した表現なら同じ内容でもずっと面白かっただろうに。
この監督さんは双恋に続いて作りかた間違えてるよ……

ザ・サード 蒼い瞳の少女 1巻

4月からWOWOWで放送してる新番組。DVDレンタル。
原作はライトノベル(富士見ファンタジア文庫)で読んだことありません。
※レンタルDVDはセルDVDと同時リリース
先の大戦で荒廃した世界らしく街の外は砂漠や荒地ばかりの世界観。
経緯は不明だけど額に赤い瞳があるザ・サードと呼ばれる人たちがいて、
彼らは天上都市!?に住み、瞳の持つ特別な力で世界を統治していた。
地上では先の大戦を生き延びた(普通の)人たちがたくましく生きていた。
その世界に殺し以外はどんな仕事でも請け負う火乃香という少女がいた。
彼女は金属をも切り裂く抜刀術からソード・ダンサーの異名を持っていた。
そんな彼女は砂漠での仕事の途中でイクスという謎の青年を拾うのだった。

まず見て思ったこと。とにかく作りが古くさい。
物語設定から、キャラメイクから、表現スタイルまで。
10年ぐらい前のへっぽこライトファンタジーを見てる気分ですよ。
ナレーションで内面描写をするのに至っては10年前どころじゃないし。
ノベルの文字を作品の魅力として映像に埋め込むのは否定しないけど
今となっては手法があまりに陳腐に過ぎると思うんですが。
つーか「涼宮ハルヒの憂鬱」の洗練された手法との落差がありすぎ。
ほぼ同時期の作品とはとても思えないよ。

そのへんはとりあえず置いて見たとして。
1巻2話までだと物語が全く始まってなかったりして。
ザ・サードが何なのかさっぱりだし、蒼い瞳というのもさっぱり。
ゴールデン枠のジャンプアニメじゃないのに展開遅すぎ。
なので作品の魅力がさっぱりわかりません
設定の全体像はともかくもっと興味を引く構成にするべきでは?